S E A
次の日、私は熱を出した。
晴れていたとはいて、冷たい海水に足を長く浸けすぎたらしい。
しめきられた病室の窓から、また海を見渡す。
「あ、あの人・・・」
昨日初めて出会った彼。
名前も聞かず、お互い別れた。
「せめて、名前聞けばよかったなぁ」
浜辺を歩く彼の姿を部屋から見る。
「もう一度、会いたいな」
無意識に口から出ていた言葉。
その言葉に、私は驚いた。
誰かに会いたい。なんて思ったのは随分久しぶりのことだから。
口に出した欲望は、止まらなくて。
私はまた部屋を抜け出した。
はぁ、はぁと息を弾ませながら、彼の元へ急ぐ。
浜辺は走りにくい。
砂に足がとられて、動きづらい。
それに重たい体も手伝って、何度か転びそうになった。
けれども、彼に会いたかったから。
「あ、あのッ」
肩で息をしながら、漸く彼に追いつく。
「ん?・・・お前昨日の」
「また、会えたね・・・・っ!」
「お、おい!」
フッと体から力が抜けて、砂浜に座り込む。
胸を押さえながら、ゆっくりと呼吸を整える。
「はぁー・・」
「大丈夫か?ったく、強い体じゃねぇんだから・・・・・おい」
彼の低い声が聞こえる。
今までと少し違う声色。
「お前、熱あるのか?」
低い声が、更に低くなる。
「うん、少しだけ」
そう言うと、はぁとため息が聞こえてくる。
「熱があるのに、なんで出てきた」
キツイ瞳で問いかけられる。
「だって、会いたかったから」
キツイ瞳に動じることなく、にこりと笑う。
怒られる様なことはしてないと思う。
会いたかったら。
そう言うと、彼はまた驚いた。
「お前の気持ちは分かった。けど今日は帰れ」
「やだ」
「家どこだ。送ってく」
いやだと言ってるのに、なんて強引な人。
眉間に皺を寄せ、怒りを露にしている。
私がムッとしていると、突然体が浮いた。
「う、わッ!」
「落とされたくなかったら、じっとしてろよ」
その言葉にぎゅッとしがみ付く。
落とすつもりなんて、ない事ぐらい私にも分かった。
けれど、少しの間だけ、本当に少しだけこうしていたいと思ったから。
彼の言葉に甘え、私は彼に体を預けた。
「ここが家・・・か?」
「うん、病院。私ここで暮らしてるの」
海が見える、丘の上。その上に建つ白い建物。
私の家で、命をつなぐ場所。
中に入り、私の病室まで運んでくれる。
「ここでいいのか?」
「うん、ありがとう」
真っ白いシーツの上に、下ろされる。
もう少しあのままでいたいと思うのは、私のワガママで。
「さっさと治せよ。またあの海に来てやるから」
「うん!」
その言葉に私は、元気よくうなずく。
「じゃぁな」
部屋を出て行こうとする彼を引き止める。
「あの、名前は?」
そう聞くと、彼はスティングと答えた後、
「スティング・オークレーだ」
「スティング・・・」
彼の名前を反芻する。
名前を呼んだ時、スティングが笑った気がした。
「お前の名は?」
「私は、」
「そうか。じゃぁな」
「うん、また今度ね」
言った後、彼は困った様な笑みを浮かべた。
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